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てるてるの粒子線治療体験記
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直線上に配置

粒子線治療を体験して



 私は54歳男性会社員,前立線がんの粒子線治療を終え退院後2週間を過ぎたところです.

自己紹介


私は徳島県内の電力工事業に勤める,男性会社員満54歳です.


病気を診断された経緯

2002年12月 78歳の父親が進行前立腺がんを宣告されました.親類の多くもがんで亡くなっており,不安を感じ2003年1月 近くの病院で前立腺がんの腫瘍マーカー(PSA)の採血を受けました.PSAの結果は5.2(4未満が正常)と高値で,専門の病院での精密検査を勧められました.
2003年1月20日 T大学附属病院泌尿器科を受診しました.先生のお話ではPSAの数値はやや高いもののグレーゾーンであるため,PSAの数値を経過観察するのも一つの選択枝であるということでしたが,不安があったため精密検査を希望しました.
2003年3月10〜13日検査入院し,前立腺生検検査を受けた結果,8ヶ所の標本中1ヶ所からがん細胞陽性でした.前立腺のMRIや腹部のCT,骨シンチ検査・胸部X線写真で全身を調べた結果,転移はなく早期の前立腺がんであると宣告されました.


治療法について


2003年3月25日大学病院の主治医から治療法の説明を受けました.治療法としては,前立腺全摘出術・ホルモン療法・放射線治療があること,それぞれの効果と副作用を聞きました.早期がんであり,前立腺全摘出術を行うことで高い確率で完治が可能ということで,手術を勧められました.後遺症として手術直後は全員に尿失禁が起き,1年間である程度回復することが多いものの,2-3割の患者さんに尿失禁が残るということでした.男性機能は失われてしまうことが多いと聞きました.


前立腺がんを宣告されて


がん家系であり覚悟はしていましたが,来るべきものが来たかと感じました.これからもずっと家族を支えていくために,早く治療を受けて完治させたいと思いました.治療法としては当初,手術を希望し,4月中旬の入院予約手続きをしました.現役で仕事を続けて行きたいと思っていましたが,尿失禁が続いた場合に仕事に支障が出ないかどうか心配でした.


粒子線治療を知った経緯


4月初め自宅で観たテレビ放送により,兵庫県立粒子線医療センターで前立腺がんに対する粒子線治療を行っていることを知りました.前立腺がんに対する粒子線治療は手術と同様の高い治療効果があり,尿失禁を起こすことなく,男性機能を維持できるということでした.手術の予定を中止させていただき,紹介状用紙をFAXで取り寄せました.主治医の先生に紹介状記入をお願いし,兵庫県立成人病センターに送っていただき,受診予約をしました.


兵庫成人病センター受診


2003年5月2日に兵庫県立成人病センターへ大学病院の紹介状,今までの検査結果,フィルムおよび生検の検体を持参,先生と面談させていただきました.早期の前立腺がんで粒子線治療でも完治できる可能性が高いと聞き,治療を受けることを決めました.仕事の都合で入院日は2003年5月27日に決めて頂きました.平日毎日,週5回の粒子線治療を37回,治療期間は約2ヶ月間かかるということでした.


入院まで


勤務先に病状説明をし,治療のための長期休暇届けを提出しました.幸い積立休暇が60日残置していましたので,この期間で治療を行うことができました.入院までの3週間で急いで業務処理と後の引継ぎ,得意先への挨拶回りをしました.


粒子線医療センターへの入院


5月27日 朝7時徳島市から出発し,11時に粒子線治療センターに到着しました.バスと電車を乗り継ぎ,約3時間半の距離でした.
6月3日までの1週間で治療に関する説明を受け,粒子線治療の準備を進めました.


粒子線治療を体験して


6月4日から粒子線治療が始まりました.照射は仰向けになった状態で受けます.腰の真横が粒子線の入り口となり,左右から1日交代で照射します.準備から照射を含めて治療にかかる時間は大体30分程度です.粒子線が照射される時間は約2分程度ですが,その時も体ではまったく感じることができず,音もしません.照射中,照射室は自分一人になりますが,放射線技師さんが操作室から常時ビデオカメラで観てくれているので安心です.手には非常連絡用のボタンを握っていますが,ここで少し問題がありました.治療室は全体の照明を下げてあり,軽音楽が鳴ってリラックスできる配慮が成されていますが,慣れてくるとリラックスを通り越して眠くなります.眠ってしまうと動くので私の場合,音楽を止めてもらいました.放射線技師の方々は皆さん礼儀正しく親切でした.


入院中の生活

医師の診察について
入院で治療中の患者さんは担当医師が毎日病室を回診します.そのほか,入院中の患者さん全員の外来診察日もあり,複数の先生から診察を受けます.とにかく万全の体制で治療に当って頂いていますので,安心して治療を受けられます.解らないことがあれば優しく丁寧に説明に応じて頂きました.

看護について
昼間の看護は10時(血圧・脈拍・体温・尿回数・便回数),14時(体温),19時(体温)の問診と治療呼出しを行って頂いています.夜間の見回りは22時,24時,2時,4時に患者単位に行われています.看護科長さん以下,看護師の皆さんは明るく親切で優しいです.

余暇の過ごし方
治療時間以外は自由に過ごすことができます.私の場合,2級建築士資格の取得を目指していましたので,学科試験受験に向けた受験勉強をすることができました.2級建築士の学科試験は7月6日(粒子線治療23回時点)にありました.治療が進んでおり,排尿がやや近くなっていましたが午前3時間・午後3時間の試験中は試験に集中できました.合計6時間の試験時間中には尿意を感じず,トイレには行きませんでした. (合格発表は9月です.)
上の歯は左6.7番,右8番,下の歯左7.8番,右7.8番に虫歯がありましたが,入院期間中に近くの歯科に自転車通院して治療を終えることができました.
この際視力も落ちていたので,バスで相生まで行って眼科で視力検査のうえ,相生町内で眼鏡を購入しました.
歯の治療も眼鏡の購入も当センターの治療には全く影響しませんでした.
園芸の好きな方は,患者さんと職員で組織する青虫の会(参加自由)が中心になり,小さな院内菜園で西瓜・茄子・南瓜・小松菜などの作物作りを趣味で行っています.また,デイルームには囲碁や将棋の道具・共用テレビ・共用パソコンが設置されており,患者が自由に使用できます.その他ゴルフ練習設備やテニスコートもあります.センター周辺には美しい自然があり野山の散策や,播磨学園都市内のサイクリングや散歩をすることができます.

患者相互の交流
私達,現在粒子線治療を受けている患者の出身地は,北は山梨県〜南は北九州市まで広範囲に分布しています.年齢層は50歳〜80歳前後まで,職種も教育関係,報道関係,建設関係,農業関係,製造業,銀行証券,防衛関係,秘書など多職種にわたっていました.積極的に会話に参加して意義ある毎日を過ごさせて頂きました.部屋は4床室を選択しました.

食事洗濯
食事は患者全員が食堂で食べます.1週間のメニュー表が週始めにナースセンター脇の掲示板に掲示されます.病院食の味についてはいろいろな意見がありますが,同室のみなさんはおいしいと言っています.食事の制限はありませんが,通常食は1日1,800〜1,900kcalになっています.私は入院時,身長163cm・体重78kgでしたが間食しないだけで2ヶ月に8kg無理なく痩せることに成功しました.運動をしないので太った方もいます.
洗濯は共用洗濯機(乾燥機付き)が1台ですが,ほとんどの患者は治療休みの土・日曜日に洗濯物を自宅に持って帰りますので通常は不便を感じませんでした.物干し場は病院裏(東側)にあります.共用洗濯機の使用は有料になっています.

通信手段
公衆電話が玄関に一台設置されています.県外の患者は電話料金が結構かかりますので,私は共用パソコンでEメールとチャットを利用,急用時のみ電話を利用しました.

日用雑貨の購入
粒子線医療センター内の売店で休日を除く11時〜13時の間,貸テレビ・新聞・テレカ・歯ブラシ,タオル,石鹸,シャンプー,ジュース類を販売しています.上記以外の日用雑貨は粒子線医療センターから南東へ約3km行った所に,光都プラザ(店舗施設)で購入します.光都プラザにはミニコープ・本屋・レストラン・居酒屋のほかに,郵便局・交番・歯科診療所・薬局・理髪店があります.

交通手段
光都プラザなど近隣への移動は,粒子線医療センターの自転車を無料でお借りする事ができます.JR相生駅〜粒子線治療センター間は直通の神姫バスが上り下り便とも1日5便運行しています.(直通でないバスも合わせると1日十数本です)


粒子線治療の副作用について

皮膚
私の場合,照射回数37回で粒子線の入り口の皮膚表面(直径6cm)が薄い桜色に変化する程度で痛みや痒みはありませんでした.

排尿に関する症状について
入院時の排尿回数は昼3回,夜1回の割合でした.粒子線治療の回数が進むにつれ排尿回数は徐々に増加し,6月末に昼5回・夜4回になりました.痛みはありませんが放尿中,尿道全体が少し熱っぽく感じます.尿の出がやや細くなり放尿時間を十分取らないと残尿感があります.看護師さんや先生から頻尿止めの薬もあると聞いていましたが,私の場合,尿回数が増えても苦痛には感じず,夜間もよく眠れたため薬は飲みませんでした.
7月中旬(治療回数33回)に4日間の治療休止日があり,自己治癒力で排尿回数が若干改善(昼4回,夜3回)されたと思います.

退院


PSAの推移について
腫瘍マーカー(PSA)は,入院時4.6が治療途中で5.7→7.2といったん上がり,退院前には3.9と正常値以下になりました.
粒子線治療が始まって治療効果が出てくると,がん細胞が壊れてPSAが血液に溶け込むために,治療が始まると一時的にPSAは上がることが多いと聞きました.今後も1年から2年かけて,PSAはゆっくり下が
ると聞いています.
治療成果の確認
7月25日は全ての粒子線照射(37回)を終え,照射による直腸への影響を診るため内視鏡検査をして頂きました.
内視鏡による検査の結果,心配した直腸への影響は特に認められませんでした.
7月28日はMRI検査で前立腺がんの治癒状況を診て頂きました.
私の場合,治療当初からMRI画像で判別できない(T1c)前立腺がんでしたので治療後も同様でした.
PSA値の変化
7月15日までの血液検査(PSA値)結果は下表の通りでした.

検査名

検査日

5/29

6/17

7/1

7/15

正常値

照射開始前

照射中

照射中

照射中

PSA

0〜4

4.63

5.74

7.16

3.92

がん組織は照射により破壊され中に含まれていたPSAが前立腺外に出て血液中に吸収されるため,照射前半は数値が上がり,後半に下がるのが,通例だそうです.
7月28日照射終了時の採血の結果は退院後になります.

治療終了時の診察

7月28日内視鏡検査,MRI検査,血液検査に基づく先生の診察で,照射終了時の治療経過が良好であることが解りました.
また,個人用の粒子線治療カルテを頂き,退院後の検査予定について説明を受けました.
退院後は紹介を受けた病院で受診するため,先生から紹介元病院に手渡す「診療情報提供書」を頂きました.

看護の引継

7月29日看護科の担当看護師より,日常生活での注意点その他の説明を受けました.
看護科長さんから紹介元病院宛の「継続看護情報提供書」を頂きました.

職場復帰

7月30日出社して粒子線治療センターで作成して頂いた診断書を添えて復職許可申請書を会社に提出しました.
同日朝礼で同僚への復職あいさつを済ませた後,紹介元のT大学附属病院泌尿器科に「診療情報提供書」と「継続看護情報提供書」を持参しました.
しかし,退院後の検査は近くの市民病院でお願い出来るよう変更手続きを執りました.生保会社にがん保険の手続きもしました.
7月30日・31日・8月1日の3日間で客先挨拶と見舞いに来てくれた方への挨拶を済ませ,本格的な仕事始めは8月4日になりました.

退院後の生活

退院後2週間目で少し尿の切れが悪いかなと感じる程度で,全く普通の生活をしています.
退院当初は何も変わらないと思っていたが,仕事に対する気力とか精神面がついてきていない感じが未だする.
お盆は妻の郷里,四万十川に行って2泊し,西瓜を沢山食べて帰った.徳島に帰った日の7月15日は会社の阿波踊りに参加,18時から踊り始めて23時に終了した.
汗がだくだく運動不足で足がもたつき,五十肩で腕が上がらず辛かった.
積極的に何でもやって,早く従前の状態を取り戻そうとしています.

退院後の検査

7月28日退院した時のPSA結果が入院中の担当医からmailで8月9日に届きました.PSA値は2.42と順調に低下していました.

目安箱の使用

「みなさまの声カード」箱が当センター事務課脇に用意されています.意見,感想を患者に聞くために設置されていますので,私はお世話になった気持ちから何件か投函させて頂きました.

まとめ

平成16年度から実施予定の国の第3次対がん戦略は,日本人の死因の第1位を占めるがんの死亡率を10年間で激減させることを目標としています.当センターが行う治療は国のがん戦略に沿った最先端の医療でありいつの日にかがんの治療が治る病と社会から認識される日もそう遠くない気がします.
私同様に前立線がんで悩んでいる方が1日も早くお身体の健康を回復され残された人生を有意義にお過ごしになられるよう祈念致します.
最後になりましたが手記の編集,HTML文書の制作にあたりお世話になった当センターの馬屋原先生に感謝申し上げます.


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