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兵庫県立粒子線医療センター

ニュースレターNo.22
April 2006


CONTENTS

■□ 粒子線医療センターで提供するがん治療

■□ 粒子線治療の実績と新たな治療基準の作成

■□ 粒子線治療装置の進化(計算機高度化)について

■□ がん看護の変遷と粒子線看護の役割

■□ 患者さんからの便り病院らしくない病院

■□ 粒子線治療市民公開講座について

■□ 医療事故防止研修会を開催



粒子線医療センターで提供するがん治療

院長 菱 川 良 夫


はじめに
当センターでは、平成15年(2003年)から陽子線治療の一般診療を開始し、平成17年(2005年)からは炭素イオン線治療の一般診療を開始しています。2種の粒子線治療を一般診療として行っている世界唯一の施設です。
一般診療を行うには、その装置が医療用具として国から承認される必要があります。そのため、厳格な臨床試験を、平成13年(2001年)に陽子線で行い、平成14年(2002年)には、炭素イオン線で行いました。その結果いずれも国から承認され、一般診療が可能になりました。
がん治療の3本柱は、局所療法としての手術、放射線療法と、全身的治療法である化学療法です。手術は、術者の技量によるところ大ですが、放射線治療では、装置を含めたシステムの良さが治療結果に結びつきます。究極の放射線治療である、粒子線治療では、より高度なシステム化が望まれます。

センターの方針

優しさの環境の中での安全な医療を第一とします。また患者さんと共に、従事するセンターの職員がハッピーになる医療を目指します。

安全な医療
・治療計画を医師がしています。治療計画はコンピュータで作成するのですが、コンピュータの中での手術という考えで、医師がします。
・毎日カンファレンスをしています。治療計画に基づく検討を13時から13時15分の15分間毎日行っています。症例数に関わらず15分を目標としますが、過ぎる事もあります。その時は各部署の代表者のみ残っていただき他の職員は自分の持ち場に帰ってもらいます。
・カンファレンスでは、治療計画の妥当性につき検討します。問題なければ責任者である私が、コンピュータ上の承認ボタンを押す事で、治療計画のデータが、カンファレンス室から治療室に移動します。
・患者さんの第1回目の治療までに、承認された治療計画に従い、水ファントムに照射します。人間の体の密度は水であるため、水ファントムに照射し実測する事で、治療計画データの確認をしています。コンピュータの結果を実測で再チェックしているわけです。非常に手間隙かかるのですが、全例にこの実測を行い、過大照射や過小照射を引き起こさない最大の努力をしています。
・粒子線治療装置は、10万以上の部品で組み立てられています。毎日、6時に装置を稼動させ、治療開始の9時までに、ビームのチェックをします。装置は巨大な電機製品である事から、天気(特に気圧)の状況により微妙に変動します。毎日その修正を行う事で、がんに対して、計画された線量が正しく投与されます。

計画に従った医療
総ての治療は、治療基準に従って、行われます。治療基準は、外部の委員の意見を聞きながら、毎年少しずつ増やしてきました。治療基準に従いクリニカルパスが作成されます。これは、スケジュール表で、検査や治療が全て書き込まれています。治療開始までに、全ての患者さんにこれをお渡しします。治療を受ける患者さんが、治療期間中に会議や出張などでどうしてもその日の治療を受けられない場合、最初から治療しないようにスケジュールしますので、仕事などの日常生活をしながらのがん治療も容易にできます。

楽しい治療
がん患者さんは、がんであるという思いのために、肉体的、精神的に我慢されていることが多いようです。誰にも言えないという思いが強く、生活全体が楽しくない状況になっています。当センターでは、「病院らしくない病院」を建物として作りましたが、患者さんの協力で、パジャマを着るのは寝るときだけ」の病院となり、建物だけでなく、病院生活も従来の病院と大きく変りました。

受け入れ体制
がん治療は待たずに治療ができることが、がん治療を行っている医療機関での最大の課題です。当センターでは、平成15年(2003年)の一般診療開始時には、1日30人の治療をしていましたが、装置が安定してきたことと、日常業務の改善、進化により、現在では、60人治療ができる体制になりました。50床の病院なので満床の場合、近くのホテルからの通院になりますが、優しく、安全な医療である粒子線治療では、それも十分可能です。今後も診療体系を常に改善することで、より多くの患者さんの治療をできるようにし、「待たずに治療開始」の医療センターを維持していくつもりです。




粒子線治療の実績と新たな治療基準の作成

医療部長 村 上 昌 雄


平成13年(2001年)の治験開始から平成18年(2006年)3月末までに964名の患者さんに治療を行ってきました。

1.対象疾患

線種・腫瘍の部位による年度別治療患者数の内訳は次のとおりです。(表1)
平成15年(2003年)の一般診療開始後、徐々に年間の治療患者数は増えています。前立腺がんが全体の55%で最も多くを占め、以下、頭頸部、肝、肺癌の順です。その他の疾患(22例)の中には、膵がん、腎がん、縦隔腫瘍、腟がんなどの腫瘍が含まれています。
直腸がんは手術後の骨盤腔内に局所再発した患者さんが対象です。


表1

年度 線種 患者総数 腫瘍の部位
頭頚部 頭蓋底 骨軟部 前立線 その他
平成13 陽子 30 4 0 5 5 0 16 0
平成14 炭素 30 19 0 3 6 2 0 0
平成15 陽子 250 14 0 18 28 0 190 0
平成16 陽子 289 39 3 31 32 4 174 6
炭素 5 2 0 2 0 1 0 0
平成17 陽子 323 51 9 35 56 8 147 17
炭素 37 7 0 9 7 12 0 2
964 136 12 103 134 27 527 25



2.治療成績
平成18年(2006年)1月末時点における治療成績を以下に示します。代表的な疾患の4年局所制御率(照射部位における腫瘍制御の割合)と4年生存率をカプランマイヤー法で算出しました。(表2)
頭頸部がんは他の部位の腫瘍に比べてやや成績が劣りますが、これは対象となった患者さんの多くが進行癌(T3T4)であったためです。ちなみに早期の頭頸部がん(T1)6名の局所制御率は100%です。肝臓がんは91%と良好な局所制御が得られますが、多くはウイルス性肝炎のため、治療後に肝内に新たな病変が出現することが多く、結果的に予後が悪くなってしまいます。前立腺癌はA群(PSA<20ng/ml、T1T2aN0M0、針生検の陽性率50%未満)の場合は陽子線治療単独でも治療可能ですが、B群(PSA20ng/ml以上、T2bT3N0M0、針生検の陽性率50%以上)やC群(T因子や針生検の陽性率にかかわらずPSA50ng/ml以上)の場合は内分泌療法の粒子線前投与(B群、C群)や粒子線後投与(C群)が必要になります。現時点では局所制御率、生存率共に良好な結果を示しています。
全ての疾患、特に早期のがんにおいては最長4年経過した現在、粒子線治療の成績は非常に良好です。


表2

頭頚部 肝臓 前立線 頭蓋底
対象 全例 I期65例 全例 A,B,C群
488例
全例
局所制御率
(4年)
71% 97% 91% 99% 100%
生存率
(4年)
36% 75% 60% 98% 100%



3.新しい治療基準

当センターの粒子線治療は全て治療基準に基づいて行われています。治療基準は疾患ごとの外部の専門委員から構成される治療基準策定委員会において審議・承認されています。平成13年〜14年(2001〜02年)の臨床試験(治験)時代のプロトコールを基本としていますが、肺や肝がんでは照射線量や照射回数の見直しが行われ、また適応疾患の拡大も徐々に行われています。(表3)
平成18年(2006年)3月から縦隔腫瘍、膵がん術前、腎がん、子宮がん、腟がんが新たに加わり、肺がんや肝がんでは今年から4回照射が可能になりました。全ての患者さんが治療可能ではありませんが、できるだけ多くの患者さんに粒子線治療を受けていただくため、治療基準は順次見直してゆく予定です。
治療の申し込みは以前と変わりません。専用の申し込み用紙を入手いただき、粒子線医療センター宛、主治医の先生からFAXで申し込んで下さい。受診方法については、7ページ右欄を参照願います。


表3

治験 一般診療
 2001年(平成13年)  2002年(平成14年)  2003年(平成15年)  2004年(平成16年)  2005年(平成17年)  2006年(平成18年)
(陽子線) (炭素イオン線) (陽子線) (陽子線) (炭素イオン線) (陽子・炭素)
頭頚部 頭頚部 頭頚部 頭頚部 頭頚部 頭頚部
肺(20回照射) 肺(9回照射) 肺(20回照射) 肺(10回、20回照射) 肺(9回照射) 肺(4、9、10、20、40回照射)
肝(20回照射) 肝(8回照射) 肝(20回照射) 肝(10回、20回照射) 肝(8回照射) 肝(4、8、10、20、38回照射)
前立腺(A,B) / 前立腺(A,B) 前立腺(A,B,C) / 前立腺(A,B,C,D)
骨軟部腫瘍 / / 骨軟部腫瘍 骨軟部腫瘍
転移(肺、肝) 転移(肺、肝、骨) 転移(肺、肝、骨) 転移(肺、肝、骨)
頭蓋底腫瘍(髄膜腫、脊索腫、軟骨肉腫) 頭蓋底腫瘍(髄膜腫、脊索腫、軟骨肉腫) 頭蓋底腫瘍(髄膜腫、脊索腫、軟骨肉腫)
直腸がん術後再発 / 直腸がん術後再発
周所限周がん 局所限局がん 局所限局がん
縦隔腫瘍
謀がん術前
腎がん
子宮がん、控がん





粒子線治療装置の進化(計算機高度化)について

放射線技術科長 須 賀 大 作

進化(evolution)とは、生物の種が何世代にもわたる変化の蓄積の結果、異なる種に変化する現象と言われる。進化が環境の変化に応えようとすることとすれば、装置の進化は「治療の要求」に応えるための機能の更新と言える。「治療の要求」は「より安全」「より高精度」「より効率的」である。
装置の機能を更新するには、多くの技術スタッフの関わりと時間が費やされる。したがって何時でもできる作業ではなく、時期を見計らって計画的に実施する必要がある。装置は計算機(コンピュータ)によって制御され、それらは複雑に絡み合うネットワークで構成されている。この計算機は何時までも使っていける道具でなく、有期的な資源となっている。使用期限を決める要素は2つあり、1つは交換修理できる部品がなくなった時であり、その期間は概ね5年とされている。もう1つは、計算機に搭載されたプログラムを制御する機能(OS)が保証されなくなった時で概ね7年前後とされている。つまり、部品の交換修理ができなくなった時が「更新」を行わなくてはならない時期だと言える。もちろん、計算機が更新されても、それに搭載するプログラムは引き続き同じ機能で使用することが可能となっている。しかし、システムの機能を改善するためにはプログラムの変更が必要となる。今回、計算機を更新するにあたり、これまでの治療経験5年間で得た様々な課題を同時に解決すべく、プログラムのスリム化と機能改善を実施した。これらを「計算機高度化」と位置づけ、まさに「治療の要求」に応える「装置の進化」を実施した。

1)より安全に
 装置は10万点以上の部品で構成されている。部品には、それが正確に動作するための様々な「設定値」がある。設定値には、常に変わらない、変えてはならない値と、患者さん毎に変える必要のあるものがある。治療を安全に行うためには、加速器技術者、放射線技師、医学物理士、各自が担当する分野で関わる機器の設定値を確認することが必要である。しかし、全ての確認を行うことは困難であり、時間の超過となる。そこで「設定値の自動確認」というプログラムを構築した。自動確認された結果は、モニタ上に機器の校正順に表示され、設定値から外れた異常状態を「赤色」で表示する。正常なものは「水色」で表示されることから、瞬時に異常の有無と場所を判断することができるようになった。
安全の確保のため、“人”と“装置”が助け合う関係となるようにシステムを改善した。

2)より高精度に(精度管理の支援)
 高度化以前は各治療室に1台の計算機を配置して、その計算機に「治療」「測定」「管理」などのすべての機能を搭載させていた。当然ながら、治療中は測定結果や精度の確認を行うことはできなかった。必要な時に、必要な確認ができるよう、計算機を「治療制御端末」と「保守端末」の2台として、治療業務と精度管理業務に特化した計算機とした。「保守端末」では、治療に関わる測定の設定、測定結果、使用する線量計の管理を行うことができる。情報は、その内容に応じて整理保存されるため、何時でも閲覧確認でき、データの比較や、日々の変動のチェックが可能となった。データを、任意の期間で評価することができ、過去の状態と比較することで、装置のコンディションを確実に判断することができる。保守端末に、どの治療室にも使用できる“成り代わり”機能を持たせたため、トラブル時の代用や、全治療室の精度確認が容易に行えるようになった。

3)より効率的に
 装置が動作する仕組みを解析した結果、800mを8人でバトンリレーしている装置であると判った。競技のルールは、バトンを受け取らなければスタートを切ることができない。時間を短く(効率化)するには、とにかく速く走るしかない。ところが、800mを走ればよい装置であることが判った。走者は8人(部品)いるので、バトンを捨ててヨーイドンで8人が一斉に100m走れば合計800mである。時間は単純に1/8となり劇的な効率化が実現した。バトンを捨て、8人を横に並べるという変更をプログラムに書き込んだ。この解析を加速器、照射治療室をはじめとする全てのシステムに行った。
平成18年(2006年)2月15日午前10時24分、書き換えられたプログラムを搭載した計算機によって、初めてビームが治療室に届けられた。見守る30名以上のスタッフから歓声と拍手が起こった。5年を経て、ようやく装置が兵庫県立粒子線医療センターのものになったという思いがした。より多くの患者さんに、安全と精度を落とすことなく治療を提供する進化となった。
装置の進化は、自らが“変えよう”という意志を持った者達の熱意の成果と私は思っている。



がん看護の変遷と粒子線看護の役割

看護科長 目尾 博子(〜平成18.3.31)

医療は急速に進歩し、それまで治療困難であった疾病にも対応できるようになってきた。医療従事者は、より専門的な知識・技術が必要とされる。
日本看護協会は「複雑で解決困難な看護問題を持つ個人・家族や集団に対して水準の高い看護ケアを効率よく提供する」人材の育成を目指し、平成6年(1994年)専門看護師(CNS)制度を創設し、平成10年(1998年)に初めて専門看護師が認定された。その専門領域の1つに「がん看護」分野があり、平成17年(2005年)12月現在、全国で、58人が「がん専門看護師」として認定されている。当センターでも13番目に認定された「がん専門看護師」が活躍している。
当センターは、がん患者に対する粒子線治療の専門病院として一般診療開始から3年が経ち、約900人の治療を行ってきた。
看護科は新しい治療法である粒子線治療による急性反応に対する看護ケアの確立を中心に取り組んできた。患者さんは、治療終了後は紹介元病院にて経過観察されているが、晩期反応や再発などの不安もあり、当センターでのサポートも必要となった。
今年度からは更に晩期反応に対する取り組み、退院後の患者さんからの電話相談等も行っている。その状況を紹介します。

がん専門看護師 藤本 美生

ひとむかし前のがん患者さんは“がん”という病名を知らされることなく手術や抗癌剤治療、放射線治療を受けられる方が殆どで、私が新人ナースの頃、患者さんからいつ病名のことを聞かれるかとはらはらしながら病名を知られないようにすることにかなりのエネルギーを費やしていた時代がありました。
現在、粒子線治療の現場では、患者さんと医療者の間に病名を始め治療経過に関する情報量に殆ど差異はありません。同じ情報をもって治療・看護が進められておりケアの場面でも病名を隠し通さなければならないというストレスはなくなりました。反面そのような患者さんは、一歩すすんだ看護を望んでおられ、看護が担う役割は大きいと感じています。粒子線治療は治療中のQOL(生活の質)の低下も少ないため、治療への取り組み方が非常に個別的だと感じています。患者さんの中には、入院期間を利用してがんの正体や、再発を予防するための方略、がんに関する最新情報の追及を希望される方が多くおられます。相談を受けるたびにがんとよりよく共存するための専門的な支援が大きな役割であると感じています。一方では、こののんびりとした治療環境を、日常的には体験することのできない時間の流れのなかで病気を一次的に自身から乖離させる空間として利用される方もおられます。そのような患者さんには、できるだけ病院らしくない環境の提供が大事だと考えています。おひとりおひとりの患者さんに対して、この貴重な時間を今後の社会生活やがんと共存していく上での必要なサポートは何かを考えていきたいと思っています。
平成17年(2005年)7月より、粒子線治療が終了された方のフォローである経過観察による電話相談が開始になりました。毎月80人前後の方がこのシステムを利用されています。相談の内容は、治療の急性反応のケア、さまざまな不安ごと(晩期反応、再発や転移、主治医との関係など)や、免疫療法や代替療法に関する情報を求めておられたりとさまざまです。看護師は、そのような現在の困り事に対し、具体的なケア方法の提示や、適切な受診方法や検査のタイミングなどをアドバイスしながら、治療後の不安が少しでも軽減できるようにサポートしていきたいと思っています。医学的な判断が必要なときは、医師との調整を行います。ときにはフォロー先の主治医と良好な関係を保つための受診の仕方などアドバイスすることがあります。いずれも患者さんがセルフケアでき、適切な意思決定ができるサポートを考えていきたいと思っています。
最後に、昨今がん看護界の中で、放射線治療における看護が注目されはじめています。放射線治療専門の施設として放射線看護全体の発展に貢献できるようスタッフ一同さまざまな取り組みをしていきたいと思います。



患者さんからの便り病院らしくない病院

中原 武志


平成17年(2005年)4月末にNHKはスペシャル番組「日本のがん医療を問う」を二夜に亘って放送した。その放送をオーストラリアのパースで観ていた私は、日本のがん医療が大変遅れていることに驚いた。日本のがん医療水準が遅れているというNHKの指摘ももっともな事だと思って聴いていた。
豪州では医学部に入ると4ヶ月目ぐらいから人間の死体をプールから引き上げてきて解剖実習をする。日本の大学では2年間は教養課程に充てられるから死体解剖などは先の話だ。人間の死体解剖、しかも昼食前の時間での実習を経験する段になると、三分の一の学生が学部を替えてしまうようだ。豪州では、日本の私立大学医学部のように入学に際して1千万円以上も金がかかるということもない。年間で十数万円程度の授業料で済むだけに、一旦医学部に入学しても自分に合わないとなると簡単に他の学部に移ると言うわけだ。言い換えると入学して直ぐに医者の資質が問われることになる。医学部を卒業できる生徒は三分の一ぐらいになってしまうという苛烈さがそこにはある。医師になるまでに12年、スペシャリストと言われる専門医になるためには15年以上かかる。アメリカではもっと過酷だがここでは省略しよう。
さて、そんなことを言うためにこれを書いているのではない。NHKのスペシャル番組が放送されて1ヶ月も経たないうちに、私ががんの宣告を受けるなど予想もしていなかった。ホリエモンじゃないけれど「想定外」の出来事でもあった。しかし、まったくショックと言うようなものは感じなかった。普段からの心構えがあったからだろうとおもう。
実は、天皇陛下が前立腺がんになられた時から、マーカーであるPSAを気にして、これまでかかって来たGP(ホームドクター)に検査をしてもらってきた。平成11年(1999年)に両陛下から御所に招待を受け1時間も親しくお話させていただいたと言う経緯がある。その上、日本では首相でも天皇陛下から握手を賜ることがないのに、豪州の日本人代表と言うことで外人並に両陛下から握手を賜った。ほかに誇ることがない私としては、唯一の誇りとなっている。
それだけに天皇陛下の前立腺がんはショックだったので、私も気をつけようと考えてきた。だからこそ、前立腺がんを知らされたときは、どうしてなのだろうと思ったものだ。
さて、私の場合は手術もできないという進行度ステージCであった。ステージBまでなら手術をしましょうと当初から専門医に説明を受けていた。しかし、生態検査の結果は手術もできない「手遅れ状態」だったわけである。ミスター・イングランド(イギリスなどでは外科医のことをドクターと言わずにミスターと言う)は懇切丁寧にすべてを包み隠さず話してくれるので助かった。日本の医者も、建前ばかりで話さないでホンネで語って欲しいものだ。
その日の説明では、手術はできないのでホルモン錠剤を3週間服用したあとに、ホルモン注射を3ヶ月ごとに2度打ちましょう。そのあと、3Dシステムの放射線治療に移りましょうというスケジュールが示され、当然の如くにそれを受け入れたのは言うまでもない。
帰宅して毎日、インターネットで前立腺がんのことを詳しく調べるとともに、日本から書籍を取り寄せ学習の日々を送った。ある日、インターネットで兵庫県立粒子線医療センターを知り、粒子線について調べ、窓口になっていた明石の成人病センター宛てにメールを送り返事を待った。やがて返事があり、一度来院してみないかという。急遽一時帰国をすることにして、成人病センターを訪ね、村上先生ともお会いして12月5日の入院日も決めて頂いた。この際、14年間住んだ豪州を離れ帰国しようと決断し、住む家も探した結果素晴らしい環境の棲家を探し当てたのもラッキーだった。豪州の家もあっけなく売れ、素晴らしい友人達のお陰で家財の処分もスムーズに行なえた。日本国総領事館が個人の送別会をやって下さって花を添えてくれた。
入院するまでの過程にはいくらか揺れ動いたものがある。粒子線が3Dと較べてそれほどすごいのか。もちろん治療費の問題もある。決め手は家内の一言だった。「持病の喘息もあり、大きな病院に通っていると風邪が移ったりするといけないから」と。私にはそれ以外の問題意識もあった。はじめに書いたように日本の専門医の少なさと能力の遅れである。3D照射は日本で考えられたものなのに、欧米に較べて技術者が大幅に少ないと言う現実がある。だからこそ、「大学病院などより、粒子線医療センターなら立派な放射線治療医と技術者を揃えているだろう」と推測し、粒子線医療センターを選んだというわけである。
入院してみると、そこは病院らしくない病院だった。どの患者も明るい顔をしていた。どうして?と聞く私に「がん友会だから」という冗談が返ってきた。デンマークの病院を参考にして建てられたと言うが、その空間の作り方も患者の心を癒してくれる素晴らしいものだ。2ヶ月間の入院は極寒の今年であっても快適だった。
退院間際に、院長にある申し入れをした。「今後は、医者、技師、看護師、患者を入れた四者会合を月に一度は作ってくださいませんか」と。院長は快諾してくださったので、これから入院する患者は、その機会を上手に使って欲しいものだ。このことがきっかけとなって、患者会を作ろうと立ち上がった。すでにいくつかの患者会はある。それらを連合する形の患者会ができればとも思う。
3月4日、新神戸オリエンタルホテルで発起人会(男性7名女性4名)を持ち、長時間に及ぶ熱心な討議の上「はりま粒友クラブ」と命名し、会則も決めて立ち上げた。退院間際に了解を得て住所などを登録してくださったメンバーが32名。今後は、これから退院する方々、それまでに退院した方々とも手を取り合っていければと願っている。
主な趣旨は、患者の交流、情報交換、患者同士のサポートなどである。ご賛同くださる方の入会を心からお待ちしている次第である。



はりま粒友クラブへの入会は、氏名、住所、電話、メールアドレス、入院時期などを記入の上、事務局までお送りください、改めて詳しい資料をお送りいたします。

事務局 657-0017 神戸市灘区大月台1-122-203
中原 武志 宛
TEL 078−958−8415
E-mail takeshi@tnakahara.com



粒子線治療市民公開講座について

日本粒子線治療臨床研究会(会長 菱川 良夫)主催により、下記日程で開催されます。

日  時:平成18年6月23日(金)14:00〜16:30(予定)
場  所:神戸文化ホール 大ホール(神戸市中央区楠町4−2−2)
申込方法:住所、氏名、年令、電話番号、参加人数記入のうえ、右記事務局までハガキ、FAX又はメールで申込み下さい
事務局:兵庫県立粒子線医療センター放射線科公開講座係(担当:親川)
電  話:0791−58−0100(内線508)
F A X:0791−58−2600
E−mail s.oyakawa@hibmc.shingu.hyogo.jp



医療事故防止研修会を開催

 標記について、当センター職員を対象に、安全管理の体制確保及び職員への安全管理の意識啓発促進の為、下記により実施しました。

日 時:平成18年3月8日(水)15:00〜16:30
内 容:「医療スタッフの救急対応と兵庫県の救急医療システム」についてと題し、兵庫県災害医療センター救急部長の中村 雅彦先生を講師に講演していただきました。