
CONTENTS
■□ 院長就任のご挨拶
■□ 兵庫県立粒子線医療センターにおける粒子線治療の現状
■□ モンテカルロ
■□ 兵庫県立粒子線医療センターで学んだこと
■□ 粒子線医療センター勤務を振り返る
■□ H21年度の粒子線医療センターの看護科の歩みと未来予想図!
■□ 医療トピックス 手術不能膵臓がんに対する抗がん剤併用粒子線治療
平成22 年4月より兵庫県立粒子線医療センターの院長に就任いたしました村上昌雄です。開設10 年目のさらなる発展が求められる時期に院長の職を仰せつかり、職責の重さに身の引き締まる思いでございます。現在まで、多くの患者さんに治療を受けていただくことができましたことは、関連医療機関の皆様からのご支援とスタッフ一同のたゆまぬ研鑽の賜物であると感謝いたしております。これからも全力で診療、研究に邁進する所存です。
当センターは平成13 年に陽子線と炭素線の2種類の粒子線治療が行える世界唯一の施設として開設され、これまで3,200 名を超える患者さんの治療を実施してまいりました。粒子線治療は、体内にできた腫瘍の場所で粒子線を止めて高線量投与ができ、同じ線量を照射しても従来の放射線よりがんの殺傷能力が高いという特長があります。その特長を上手く利用することで、頭頸部、肺、肝、前立腺、骨軟部などの臓器から発生した腫瘍を副作用を最小限に抑えながら治すことができます。
私は下記を信条とし医療を行ってまいります。
1.一期一会
千利休の『こうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのもの、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう』という精神です。患者さん、来院された全ての方々に一期一会の覚悟で接していきたいと思っております。
2.患者中心の粒子線治療
粒子線治療の優れた特性を最大限に活かし、治療を受けられる全ての患者さんに安全でご満足していただける治療を提供いたします。スタッフ一同、患者さん一人一人の立場に立った医療、すなわち「患者中心のチーム医療」を徹底して行ってゆく所存です。
3.粒子線治療の普及
粒子線治療は、比較的小さながんに対しては切らずに治すことができ、最近では、かなり進行したがんの制圧を目指した取り組みも進みつつあります。このように有効な治療法であるにもかかわらず、現在、我が国における粒子線治療装置はわずか8台しかありません(従来の放射線治療装置は約800 台)。治療経験から、従来では困難であった症状緩和を含め、多くの患者さんを救うことができると確信しており、装置の低価格化、技術力の高度化、臨床試験の実施、治療成果の発信、他治療との共同、基礎研究、人材育成などを充実させ、粒子線治療を広く普及させるために尽力してゆきたいと考えています。
今年度の目標
1.より多くの患者さんに粒子線治療を
適応疾患の拡大、とくにX線治療との併用治療(ブースト治療)の開発や外国からの治療の依頼も増加しつつあり、それらの対策を検討中です。経営面でも、今年度は初の単年度黒字化を達成したいと考えています。
2.粒子線治療成績の更なる向上
過去の治療結果を慎重に分析して、治療成績を適正に評価し、必要に応じて治療基準の見直しを図り、治療成績の更なる向上を目指していきたいと考えています。
3.治療機能の充実
核種切替時間の短縮化による利便性の向上、並びに治療装置が長期間停止する不測の事態を想定して、他の粒子線治療施設との連携をしています。
4.病院機能の充実
病院開設後10 年目を迎え、給食の充実、ホームページの改善、患者さん用の病院内無線LAN 化、病院周りの美化 等、患者サービスの向上に向けた取り組みを考えています。さらに医療安全のさらなる強化を推進していきます。
5.粒子線医療の研究面の充実
陽子線と炭素線治療の臨床研究、他の粒子線治療施設や、他の診療科とのコラボレーションを通じ、QOL の高い新しいがん治療法の確立を目指しています。また神戸大学や大阪大学との連携大学院としての活動、独立行政法人医薬基盤研究所、独立行政法人日本原子力開発機構との連携で、粒子線治療を中心とした基礎研究にも力を入れています。そのため第6室目の開発照射室の整備も検討します。
1.治療実績(2010 年3月末時点)
当センターでは、2003 年4月の一般診療開始から2010年3月までの7年間に3,215 名の患者さんに治療を行ってきました。
1)代表的な疾患の傾向と現状
@頭頸部がん
2008 年度までは右肩上がりでしたが、2009 年度にやや減少しました。しかし、それでも第3位であり、粒子線治療の適応となる代表的疾患であることに変わりありません。組織型別では、扁平上皮がん、悪性黒色腫、腺様嚢胞がんが三大組織型で、全体の7割以上を占めます。特に、難治性がんの代表でX 線治療や抗がん剤治療が効きにくい悪性黒色腫、腺様嚢胞がんについては、全国でも有数の患者数を治療しており、2年局所制御率はいずれも80%以上と良好な結果が出ています。
A肺がん
ゆっくりではありますが、増加傾向にあり、2005 年度以降は第4位となっています。I 期がんはX 線での定位放射線治療が保険適応となっておりますので、そちらを選ぶ患者さんも増えてきていると思いますが、腫瘍径が3cm を超えるT2は粒子線治療の方が良いというデータが揃いつつあり、また、重篤な放射線肺炎は粒子線治療の方が少ないというデータも出ています。さらに、当センターでは胸壁浸潤などのT3も積極的に治療しています。
B肝がん
近年、患者数の増加が著しく、2008 年度から第2位となっています。ウイルス性慢性肝炎や肝硬変をベースとする肝細胞がんがほとんどを占めますが、何度もがんが出てくることが多いので、複数回の治療を受けられた患者さんが多いのが特徴です。一度照射した部位のすぐ近くに再発した場合、再照射は非常に慎重にならざるを得ませんが、これまでのところ、幸いにして再照射に伴う重篤な副作用が発生した患者さんはおられません。
C膵がん
2007年度までは合計でも24名でしたが、2008年度に塩酸ゲムシタビンを同時併用する臨床試験を開始してからの増加はすさまじく、2009年度は55名と第5位に躍り出ました。詳しくは、本号に寺嶋医長が書いた記事が掲載されていますので、そちらをご参照ください。
D前立腺がん
一般診療開始以来、一貫して第1位で、これまで1,200名以上を治療してきましたが、治療効果・副作用とも期待された通りの優れた結果が得られています。現在、進行期の患者さんに対する線量増加を検討中です。
E骨軟部腫瘍
肉腫と呼ばれる難治性悪性腫瘍の代表です。稀な疾患ですが、粒子線治療以外に有効な治療法がない場合も多く、全国から患者さんが集まってきます。近年は年間20 〜 30名で推移しており、第6位となっています。組織型別では、脊索腫、悪性線維性組織球腫、骨肉腫、軟骨肉腫、脂肪肉腫などが多くなっています。
年度別疾患別内訳

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2)患者さん居住地域の変化
やはり地元・兵庫県在住の患者さんが一番多いのですが、総数が右肩上がりにも関わらず、横ばいで、全体に占める割合は減少傾向です。これは、他の近畿を含めた近畿地方全体にも言えることです。
関東地方以北は、千葉県・茨城県・福島県に粒子線治療施設があることもあり(今年、群馬県にもできました)、あまり紹介がありませんが、近畿地方以西は当センターが唯一の粒子線治療施設ですので、粒子線治療の知名度が上がるにつれ、中国・四国・九州地方の患者さんの紹介が増えてきています。既に粒子線治療施設のある中部・北陸地方の患者さんも増加傾向ですが、これは主として愛知県からの患者さんで、名古屋市に陽子線治療施設建設の予定があり、県民の注目度が高いからと思われます。
尚、海外からの患者さん(海外在住日本人は除く)は、2009 年度まででわずか3名(韓国2名、中国1名)でしたが、2010 年度になって既に4名治療しました(2010年8月現在)。これについては、次項で詳しく述べます。
2.海外からの患者さんの受け入れについて
最近、“医療ツーリズム”という言葉がにわかに脚光を浴びていますが、これは、日本の高度な医療を海外の富裕層に提供することで、医療や経済の活性化を図ろうとするもので、経済産業省や観光庁も成長市場として注目しています。
当センターはこのような活動を積極的にしているわけではないのですが(英語版のホームページがあるだけです)、日本の最先端医療の代表である粒子線治療は海外からも注目が高いようで、海外からの問い合わせ(電話・FAX・電子メール)が頻繁にあります。ほとんどは諸事情で当センター受診には至らないのですが(がんが進行しすぎていて、粒子線治療の適応にならない場合が多い)、今年度になって既に4名の患者さんの治療が終了しました。患者さんの居住国は、中国、韓国、台湾、タイです。今年の7〜8月にはこの4名が同時に治療を受けていた時期があり、その家族・友人など多くの外国の方を外来・病棟で見かけました。
自分たちの医療が海外からも高く評価されているという喜びがある一方で、受け入れる労力は日本人患者さんの何倍にもなります。診察時は基本的に通訳同伴をお願いしているのですが、費用の問題があるのか守ってもらえないことも多く、英語を話せる医師が対応することになり(患者さん側は本人または家族が英語を話せることがほとんどです)、その医師の負担が増します。また、通訳がいても、説明にかかる時間は倍以上になりますし、説明がうまく伝わらず、患者さんが誤解していたケースもありました。さらに、日本人患者さんにはルーチンで行っているケアが行われていなかったこともあり、患者さんとのコミュニケーション不足が原因であったと思われます。
今後、外国人患者さんの受け入れが増加するのは間違いありませんので、専任スタッフ(英語を話せて、医療に精通している人材)の配置や主要言語(英語、中国語、韓国語あたりか)で書かれた説明文書の作成など、受け入れ体制を整えていく必要があると考えています。
装置管理科には物理を専攻してきた職員が配属されています。以前は医療とは無関係のところにいた人で、原子核や素粒子の物理学について研究していました。それが何かの縁で粒子線治療に出会い、医学に携わるようになりました。粒子線治療は原子核や素粒子を使った放射線治療であり、今までの研究で得た知識を人のために役立てることが出来たのです。
私たちは患者さんとあまり接触することはありませんが、裏方として日々働いています。粒子線治療には、巨大な“加速器”という装置が必要です。加速器というのは一般に目にするような装置ではありませんが、原子核・素粒子を研究している人々にとっては加速器を使って実験を行うので身近な存在です。その管理を、ユーザーである診療放射線技師や装置のオペレータである三菱電機の運転技術員らと協力して行っています。
また、患者さんにどのように粒子線を照射するかというところでは、CT 画像を使った計算機による模擬的な治療(治療計画)を行って決めます。実際に患者さんに照射して調べるわけにはいかないからです。治療計画を行う装置を作ったり計算の確からしさを調べたりするためには、粒子線の物理だけでなく計算機やプログラミングなどの知識が必要となります。その知識を使って治療計画を作成したり、間違いなく計画が作成されているかどうかをチェックしたりしています。
以上、装置管理科の簡単な紹介でした。ところで表題と装置管理科にどんなつながりがあるのでしょうか。一体、モンテカルロとは…。
モンテカルロ(法)とは数学・物理学的計算手法の一つです。1940 年代の半ば頃、ノイマンとウラムによって提案されました。簡単にいうと乱数を用いて問題を解く方法のことです。最近では数値的・物理的モデルをベースに乱数を使ってモデル実験を行うことを指します。名前はまさに、賭博カジノで有名なモナコ公国の4つの地区の1つ、モンテカルロに由来しています。
私たちはこのモンテカルロ法を使って、粒子線治療のモデル実験を行っています。前に計算機による模擬的な治療を行うと書きましたが、これまで使用してきた従来の計算法では計算時間の問題から、より簡素化された方法を使用します。この計算方法では5秒程度で計算を終えることが出来ます。この従来の方法は計算時間を節約するためにいろいろな仮定を含んでいます。そのため、本当に正しく照射を計算できているのか、という不安がありました。
一方、モンテカルロ法では粒子を1つずつ追っていき人体内での物理プロセスを丁寧に計算します。治療では10の10乗個程度の粒子を患者さんに照射するわけですが、モンテカルロ法ではその10 分の1程度、10 の9乗個程度の粒子の軌跡を計算機の中で追っていきます。そのため、計算の精度は非常に高いのですが計算時間が膨大で、日々の治療に使用することができません。以前は(事業仕分けで話題となった)スーパーコンピュータでも数日かかっていた計算ですが、ようやく最近、数台のパーソナルコンピュータを使って数日で計算を終えることができるようになって来ました(それでもまだ長い!)。また、粒子線を扱うモンテカルロ法のプログラムコードも整備されてきました。そこで私たちは、モンテカルロ法で簡素化された計算方法をチェックして問題のないことを確認しようとしています。図はその1例です。ある患者さんのCT 画像をお借りしてモンテカルロ法で計算してみました。頭頸部の患者さんを選んだのは、人体の中で最も複雑な(空気や骨、軟部組織が入り組んでいる)部位で重要な臓器(脊髄や神経など)が多く存在するためです。従来法とモンテカルロ法による計算結果を比較したところ、治療方針を大きく変えるほどの大きな違いを見つけることありませんでした。つまり正しく照射が計算できていることを確認できました。これからは他の部位についても確認を行うところです。
このように私たちは物理学的見地から粒子線治療の精度を検証しています。そして患者さんが確実に安心して治療を受けることが出来るよう努力しています。

図: 上がモンテカルロ法による照射シミュレーション、下が従来法による照射シミュレーション。ほとんど違いが見られないことが確認できた。 |
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1994 年、神戸大学医学部放射線科名誉教授の木村修治先生から突然電話がありました。当時、私は兵庫医科大学放射線科で講師をしており、放射線治療の責任者として勤務していたのですが、兵庫県で新しい粒子線治療施設を作るので、医師として参加しないかという木村先生からのお誘いでした。
私は、神戸大学を1974 年に卒業しましたが、開業医である父の後を継ごうと考えており、家から近くて、放射線科助教授の従兄弟から誘いを受けたこともあり、兵庫医科大学で研修をすることにしました。当時の兵庫医科大学は、できたばかりで、熱心な先生が多く、放射線治療も阪大から、その後国立がんセンター中央病院部長になられた池田先生が週に2回こられており、池田先生に出会ったことで、開業をやめて放射線治療医としての道を歩むことになりました。池田先生にも勧められ阪大に2年間週2回放射線治療を学びに行きましたが、その後は、神戸大学医学部放射線科から今城先生(現、川崎医療短期大学学長)が週2回兵庫医科大学に来られていたこともあり、いろいろ教えていただきました。
臨床から離れることを心配してくれる、兵庫医科大学の教授や同僚医師が多くいましたが、自分の責任でするのなら、全く反対しない両親に育てられたことがあったのでしょうか、木村先生からの誘いも自分一人で考えお受けすることにしました。
県庁の準備室に入りましたが、公務員としての全くの素人である私を、石田参事や加藤さんが指導してくださったことが、県で学んだ最初です。大学は、個人個人の個性が強い集団ですが、県は、組織です。組織のあり方を少しずつ知ることができましたが、大学の良い面と県の良い面を生かしたいと考えていたのですが、粒子線医療センターの院長として、少しは実現できた気がします。京都大学医学部放射線科教授、国立京都病院の院長を歴任された阿部光幸先生を兵庫県に呼んでこられたのは、木村先生のお考えでした。木村先生は、私を指導するには年齢的にしんどいので阿部先生を君の指導のために県に来ていただいたのだと常々おっしゃっていました。阿部先生からは、医師としてのあり方、研究者としてのあり方、院長としてのあり方など多くのことを学ぶことができました。
兵庫県に自治体で最初の粒子線治療施設を作るのを決断されたのは、貝原前知事です。知事は、播磨科学公園都市での粒子線治療施設を決めましたが、準備室の専門家である物理士や医師に関しては、専門家としての活動を許してくださっていましたので、私は、阿部先生とも相談しながら、病院らしくない病院を作るべく色々(案)を考えましたが、それが実現できたのは準備室の事務職員の協力があったからです。
「医療としての粒子線治療をする」ことを知事から言われたのですが、医療とは何かを考え、継続であるという結論に至りました。病院を作ってもつぶれてしまっては駄目なわけです。継続するためのポイントは2つです。人と経営です。病院から医師がいなくなれば継続できません。どのように良い病院でも毎年赤字が続けば、いずれ継続できなくなります。医師を安定させるためには、神戸大学医学部のバックアップがどうしても必要と考えましたが、私のような母校を最初から飛び出したものには、これは結構大変なことです。当時の神戸大学学長は、医学部からの西塚泰美先生でしたので、相談に伺い、連携大学院にしていただきました。国立大学が地方自治体の一病院と連携するようなことは、当時には考えられなかったことですが、学長室に学部長全員を集めていただき、新しいがん治療であることを説明し、理解していただいたことにより実現できました。西塚先生の支援がなければとても連携大学院にはなっていなかったと思います。西塚先生が県立がんセンターの総長になられてからは、時々電話がかかってきて、一緒にビールを飲む機会がありました。先生から見れば、粒子線治療のことしか考えない視野の狭い私を心配していたのだと思います。先生からは短い期間のご指導でしたが、物事を大きな視点で考えることを教えられました。
準備室には、私に続いて現院長の村上先生と、現放射線技術科長の須賀さんに参加してもらったのですが、医療を村上先生に任せ、装置関係はすべて須賀科長に任せました。ただ、経営的に安定できる600 名を超える装置にしてくれるように、須賀科長の顔を見るたびにうるさく言っていたので、三菱電機を指導して現在のすばらしい装置に改善をしてくれました。村上院長は、臨床家としてすごく優れており、現在の医療センターの疾患の適応拡大は彼なしではできなかったと思います。彼ら2人には、よくアドバイスされましたが、もっともなことが多く、その都度、いたらぬことを治すようにしました。
粒子線医療センターは、2009年に636名の患者さんを治療しています。経営的に安定する数にようやく達しました。また、医師も充足しており、病院として継続はできる状況です。数年前から、鹿児島で粒子線治療をする計画があり、委員として意見を言っておりましたが、いよいよ施設ができることになり、責任者としてきてほしいという強い要請がありました。医学部長の高井先生に相談し、村上先生が後継者として適任であることを理解してもらい、継続できる状況になったこともあり、県からもお許しを得て、3月末に退職させていただきました。退職にあたり、井戸知事から名誉院長の辞令をいただきましたが、大変光栄に感じ、県で色々学ばしていただいた上にこのように処遇していただき大変感謝している次第です。16年間県にいましたが、多くの方から色々なことを学ぶことができたことを今後の施設運営に生かすことが県への恩返しと考えて、4月から指宿に赴任した次第です。
平成20年4月に着任。私自身、病院勤務は3度目でしたが、前回から12年という歳月が経ち、病院事業が平成14年度から地方公営企業法の全部適用を受け、同時に自分自身の立ち位置も大きく変わる中、先進医療を担うセンターに対して、大きなカルチャーショックを覚えました。
特に、粒子線治療は、自分の中では、これまでの医学の常識を覆す画期的なものでした。がん治療は、「外科療法(手術)」「化学療法」「放射線療法」の3つが主流ですが、粒子線治療は、粒子線の持つブラッグピークという特性を活かして、がんをピンポイントで殺傷するとともに、従来の放射線治療に比べ、他の正常組織への影響、副作用が著しく少ないなど、患者さんの早期の社会復帰を可能とする非常に優しい治療法でした。
こうした脚光を浴びる表の部分の一方で、粒子線治療は、直径30 mの「巨大シンクロトロン」装置の故障が長期化すれば、全ての治療がストップするという大きな課題もあります。幸いにして、これまで9年間、そうした事態に遭遇しませんでしたが、常に緊張感を持って、装置保守に徹するスタッフの日々の真摯な姿勢・ご苦労には、本当に頭の下がる思いでした。
現在、日本国内において、粒子線治療を行う施設は7カ所しかありません。23 年には2カ所新設される予定ですが、陽子、炭素の両核種を使用できる施設は、当センターが世界唯一であり、常に注目されている施設です。平成15年度から一般診療がスタートし、当初250人であった患者数が、21 年度には初めて600 人の大台を超え、近い将来の黒字化も現実味を帯びてきました。しかし、ここに至るまでの核種切替の時間短縮、装置の保守分散などの技術的な積み重ねとともに、医療スタッフの医療安全に対する意識や業務効率化の徹底が、こうした数字の治療を可能にさせたと考えています。
私自身、事務方のトップとして携わりましたが、センターの主役は、あくまでも医師をはじめとする医療スタッフと治療照射の要となる技術スタッフの両輪が中心であって、こうしたスタッフ全員によるチーム医療のもと、働き易い環境づくりを基本として、事務職としての役割、関わり方を模索した2年間でした。
一方で、「36 協定の締結」「条例改正」「高額材料の費用徴収」など、懸案の手つかずの事務作業に携わり、院内外の諸調整で胃がチクチクする時期もありましたが、苦労の甲斐があって、何とかまとめる上げることができました。これもひとえにご協力いただいたスタッフのお陰と感謝しております。
今、振り返ると、息付く間もなく走り続け、中身の濃い2年間でした。事務方として、粒子線治療という最先端施設において、他では経験できないような貴重な経験をできたことを喜ばしく思うとともに、今後とも、センターがリーディング施設としてあり続け、益々発展することを、陰ながら応援したいと思っています。
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H21年4月着任時のニュースレター第28号では「治療疾患の拡大に則った看護科の取り組み」として、@クリニカルパスの積極的活用とチーム医療の推進 A地域施設との連携と退院後のフォローアップシステムを取り上げました。今回は1年間の進捗状況をお知らせし、粒子線医療センターの発展に願いを込めて看護科の未来予想図を描いてみます。 |
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【QOL に着眼したチーム医療の推進】
H21年度、センターが一丸になって取り組んだのが「すい臓がん治療」です。H21年度から抗がん剤との併用治療が開始されました。照射前の飲食制限・抗がん剤による副作用症状・長期間(1.5 ヵ月)におよぶ照射とそれに伴う不安・ストレスは、我々の予想をはるかに超えたものでした。
患者さんの治療効果を高めかつQOL を低下させないために、看護師・医師・放射線技師・薬剤師・管理栄養士・検査技師・医学物理士等が「医療として提供できること」を議論し、それぞれ立場と責任のもとに最大限できる事を工夫し展開してきました。食事内容の工夫・栄養評価と補助食品の導入・照射時間の考慮・副作用軽減のための適切な薬剤の選択等です。特に看護師は、患者の立場に立って生活側面から多職種へ働きかけ、職種間のコーディネタ―としての役割発揮に努めました。
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【地域施設との連携とフォローアップシステム】
H21 年度に入り、連携病院として新たに1施設が加わりました。受入れ先の病院職員へ粒子線治療・看護に関する講義の開催や看護師をセンター内に招いた実地研修も行い導入しました。患者さんからは、「治療待ち期間の短縮」「入院施設から通院できて安心だ」「連携施設を利用する患者同志の交流ができる」など好評です。
また、治療終了後の患者さんとセンターを結ぶ看護師をコアにした「フォローアップサポートシステム」による電話相談や患者−主治医―粒子線医療センター間の調整は、治療数の増加と共にますますニーズが増加しています。
タイムリーに対応できるように、体制の見直し等が課題ですが、将来テレビ電話等の通信機器を駆使した遠隔看護が提供できる日が来ることを願っています。
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H 21 年度から日本看護協会において「がん放射線看護認定看護師」教育課程が開講されました。11 月には第1期生30 名を「粒子線治療施設の見学と看護の実際を学ぶ」目的で見学研修に迎え、交流する機会も持ちました。その他、様々な看護大学や粒子線施設から学生や看護師の施設見学を受入れ、粒子線治療のパイオニア施設として、看護科がこのような機会を得られたことを大変誇りに思っています。
「がん放射線治療(粒子線治療)」はメディアの影響もありがん患者の期待も高く、今後ますます広く多くの人々に利用されるようになることでしょう。治療・看護の実績をしっかり提示し、人々が正しい選択と満足できる医療環境の中でより治療効果が上がるように、ハード・ソフト面の抜本的な変革が迫られています。
開院10 年目の節目に今いちど、「病院の理念」に立ち戻り、変化してきた患者層と医療ニーズの視点で、“変革すべきこと”“ゆるぎなく大切に維持すべきこと”は何なのかを再考し、粒子線治療&看護の第2世代に移行することが迫られていると実感します。
「がん告知」を受けた患者さんに勇気と希望を持っていただくために、いつの時代においても看護科のモットーである「常に患者さんと共にいる看護」を発信し続けることが当センター看護科の使命です。
膵臓がんは比較的頻度の低い病気ですが、非常に悪性度が高く、遠隔転移を起こしやすいがんであるため、難治性がんの代表とされています。またさらには膵臓自体が細長くて小さな臓器であることから、がんの大きさがまだ小さいうちに膵臓の外へ広がってしまい、たとえ早期に膵がんを発見することができたとしても手術で取り切ることが困難な場合がでてきます。日本では、発見時に手術によって切除ができると判断される膵がんは全体の約20%にとどまります。その他のがんと比較するとあまりに低い手術率であると言わざるを得ません。
手術のできない膵がんに対しては一般的に抗がん剤による治療が行われますが、現時点においては抗がん剤単独治療は決して満足のできる結果ではありません。このような手術不能膵がんに対しては、以前から抗がん剤とX 線による放射線治療を併用した「化学放射線療法」も数多く行われてきました。それらの中には抗がん剤単独治療と比較して良い治療効果が得られたという報告も多くありますが、それらの治療で比較対象となる抗がん剤がやや古いタイプのものであり、現在主流として使用されている塩酸ゲムシタビンという抗がん剤と比較されたデータがほとんどないため、国内においては「化学放射線療法」は必ずしも手術不能膵がんに対する治療法の主体とはなっていません。最近ではその新しい抗がん剤である塩酸ゲムシタビンや、ティーエスワンという内服の抗がん剤とX 線治療を併用した化学放射線療法の臨床試験が数多く行われており、抗がん剤単独治療と比べてより高い治療効果が得られるのではないかと期待されています。
兵庫県立粒子線医療センターでは、2008 年度より塩酸ゲムシタビンと粒子線治療を同時に併用する治療を臨床試験として行っています。これは財団法人ひょうご科学技術協会の奨励研究助成を得ており、その成果が期待されています。
膵臓は周囲を胃や十二指腸、小腸、大腸などの消化管に囲まれているため、膵がんにX線を照射しようとする場合にはどうしてもそれら消化管にもX線が照射されてしまいます。消化管にあまり多くのX線が照射されてしまうと胃潰瘍や十二指腸潰瘍、消化管出血やひどい時は消化管穿孔をきたす場合があります。これらは場合によっては致死的な副作用となります。そこで、消化管の耐えられる線量によってX線の膵がんに対する照射線量が決まってしまい、50グレイ程度が限界となります。ところが、粒子線はX線と違いブラッグピークという非常に優れた特性を持つため、消化管への照射を50グレイに抑えながらも膵がんに対しては70グレイ前後まで照射することが可能になります。それによってさらに高い治療効果を期待することができます。また、粒子線治療と同時に抗がん剤治療を併用することで、抗がん剤による粒子線治療の作用増強効果や、早期の微少な遠隔転移に対しての同時期の治療が可能になることなどのメリットが得られます。
このように理論上は非常に優れた治療であると言えるのですが、実際の医療には予想外の事態が生じる場合もありますので、現在慎重に治療効果や副作用について検討を行っているところです。
当センターでの治療にかかる期間は約5週間です。その期間中に塩酸ゲムシタビンを3回点滴します。今まで実際に確認された副作用として、食欲減少、体重減少、嘔気などの消化器症状や、胃潰瘍や消化管出血などの粘膜障害があります。これらの副作用はある程度避けては通れないのですが、粒子線治療の工夫、抗がん剤の投与法の工夫、生活や食事の工夫によって徐々に頻度は低下してきています。治療効果については当初から予想されていたように、膵がんそのものへの治療効果は非常に高く、場合によっては手術に匹敵するような結果も得られています。しかし、膵臓以外の臓器、たとえば肝臓への遠隔転移などが問題になる場合もありますので、当センターでの治療が終了した後も当分の期間、抗がん剤単独による治療を続けていくことが重要であると考えています。また、粒子線治療を行ったにもかかわらず膵がんそのものが再発してしまう場合もありますので、今後さらに治療方法を工夫し効果を高めていきたいと考えております。
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